フランシーヌ

死ぬんだと思っていた。

バレンティーナさんを助けられないまま

抵抗する事も出来ないまま

ただ何も出来ずに無力なまま

銃で撃たれ 海に落ち

沈んで行くんだと

あたしが目を覚ますとニーナさんの顔が飛び込んできた。

ニーナ「気が付いた!?」

フラ「ここは…」

ニーナ「ここはソコトラです。敵は居ませんから、安心して休んでください。船長に報告してきますね!」

部屋を飛び出したニーナさんを視線だけで追いかける。

フラ「あたし…生きてたんだ」


気が付いてからと言うものあたしはバレンティーナさんの安否がずっと気になっていた。

あたしを庇って最後に殴られたバレンティーナさんの姿が目に焼きついていた。

酷い事をされてないかな…?

命まで奪われてしまっていたらどうしよう?

そんな事を考えていると食事も殆ど喉を通らなかった。

あたしは悪い子だ…

食事に手をつけないあたしを見るニーナさんの悲しそうな表情を何度見ただろう

必ず一言声を掛けてくれるニーナさんの言葉を何度聞こえないフリをしただろう

それでもあたしはバレンティーナさんの事しか考えられなかった。

バレンティーナさんを助けたい

その為にならあたしは命を投げ出す覚悟も出来ていた。

ご恩に報いる為にも

でもあたしには何も出来なかった。

船も資金も、そして

力も…

そう思っていたある日

秋風さんがあたしとニーナさんを部屋に呼び出した。

フラ「スエズ…運河?」

秋風「そう、スエズ運河」

驚くあたしを他所に秋風さんは淡々とそう答えた。

フラ「でも、そんな航路聞いたこともない…。それにイスラムは他国と国交が無いのに…イスラム圏の運河を使わせて―」

ふと見上げると秋風さんは静かに瞳を閉じて薄い笑みを浮かべていた。

フラ「ぇ…?」

疑問の声を上げたあたしに秋風さんの代わりにニーナさんが答えた。

ニーナ「仰る通りです、有り得ません。本来であれば」

フラ「じ、じゃあ…」

ニーナ「我々はシュトラーフェ商会です。ある日突然、見ず知らずの者に命を狙われる事も間々あります」

フラ「…」

ニーナ「その為、我々はあらゆる道を知り尽くしまた利用出来る様にしています。各町にある下水道の果てまで…」

秋風「まぁ、理由としてはそんな所じゃな。説得力は無いかも知れないけど、実際に行けば解るよ」

フラ「そう…なんだ」

秋風「兎に角そこを通ってアルジェに行くのが最短最速の道なんだ。向こうに着いてからまた色々考えよう」

初めて聞く航路に驚きはしたものの、あたしの気持ちはバレンティーナさんを助けにいける嬉しさでいっぱいだった。


秋風さん達の言っていた運河は実際に存在していた。

勿論、変装や運河の通料を必要としていたけどアフリカを通って地中海を横断するよりは遥かに早くアルジェに辿り着く事が出来た。

バルバリア海賊の根城を目の前にして1日が過ぎた。

アルジェに着いて直ぐにバレンティーナさんを助けに行ける物だと思っていたけどそう簡単には行かなかった。

フラ「バレンティーナさんを助けに行かないんですか!?」

声を荒げるあたしに対して秋風さんは黙ったまま俯いていた。

秋風「…」

フラ「秋風さん!」

秋風「悪いんだけど、そう簡単じゃないんだよ。特にバルバリア海賊が相手だとね」

フラ「でも、でもそれじゃあバレンティーナさんが…酷い目に遭わされてる知れないのに」

秋風「例えそうであっても…色々と問題があるんだ。どうにかするつもりでは居るからさ」

フラ「…解りました。ごめんなさい、大きな声出して」

秋風「いや、気にしないでいいよ。時が来たらちゃんと教えるからそれまできちんと休んでおきな」

あたしは頷いて秋風さんの私室を後にした。

それから数日が過ぎた。

バルバリア海賊の根城を目の前にして4日目の明け方。

走るのに邪魔にならない服に着替え、あたしはこっそり宿を抜け出した。

空はまだ暗く空気もひんやりとしている。

冷たい空気を思い切り吸い込んであたしは海賊のアジトを目掛けて一気に駆け出した。


秋風さんの言っていたバルバリア海賊のアジトはアルジェの海に面した崖を削り開けた洞窟だった。

何隻かのガレー船が停泊しているのが見える。

奥に続く入り口と思われる穴の前には篝火と二人の海賊さんの姿が見えた。

あたしは息を殺して慎重に歩みを進める。

岩の陰に隠れながら静かに近付くと海賊さんの話し声が聞こえてきた。

背の高い海賊「この間、あいつらが連れてきた女。いい女だったよなぁ、白金の髪なんて珍しいよな」

背の低い海賊「またその話しか…そりゃ確かにいい女だったけど。売り物には手を出すなよ?」

フラ「売り物…白金の髪っ…」

嫌な予感が過ぎる。

あたしの予想が当たっていればそれは多分バレンティーナさんの事だ。

背の高い海賊「解ってるって、ここは男ばかりだからな見てるだけで楽しめるってもんだ」

背の低い海賊「だけど、ハイレディン様は何だって急にお戻りになられたんだ?」

背の高い海賊「さぁ、そんなの俺が知るかよ。なんか用事があったんじゃないか?」

背の低い海賊「ふーむ、まぁ下っ端には解らない事情があるのか。じゃ、俺は休憩してくる」

背の高い海賊「早目に戻って来いよ」

背の低い海賊さんは背を向けながら手をひらひらと振って近くにあった小屋へと歩いていった。

背の引くい海賊さんを見送る背の高い海賊さんのその隙を突いてあたしは一気にその背中を駆け抜けた。

はずだった。

フラ「ぐっ!?」

走る方向とは逆に喉に圧迫感を覚えてあたしは後ろに引き戻された。

背の高い海賊「さっきからちらちらと見えてたが、お前何モンだ?」

起き上がろうとした瞬間、右の頬に衝撃が走る。

目の前がチカチカと瞬いて、意識が遠のく。

背の高い海賊「答えろ!」

フラ「ぐっ…う…」

そう言いながらも伏しているあたしのお腹を蹴り続ける。

頭の中がぐるぐると回る。

あたしは無力

あたしがもっと強ければ、バレンティーナさんが捕まる事も無かった。

あたしは無知

あたしがもっと賢ければ、バレンティーナさんを助ける事が出来た筈。

あたしは罪

あたしが居なければ、こんな面倒はきっと直ぐに片付ける事が出来たのに。

みんな、ごめんなさい

あたしは徐々に薄れ行く意識の中で自分の弱さを思い知らされた。


???「さて、何か面倒な事が起きてるのか…」

声が降ってくる。

お腹の辺りがもそもそと動いている。

胸とお腹が寒い。

???「ひでぇな…」

鈍い痛みがお腹に刺さる。

フラ「…痛っ」

???「骨までいってるかもしらんな…嬢ちゃん、起きられるか?」

フラ「ん…」

ぺちぺちと頬を叩かれる不快感にあたしは薄く瞼を開いた。

ぼやけた視界に移ったのは浅黒く焼けた禿頭だった。

少年の様な眼があたしの顔を覗き込んでいた。

フラ「ん…な、まさん?」

あたしの声に気付くとなまさんはあたしの体を抱き起こしてくれた。

なまさん「まったく、別件で来てみりゃ見知った顔が倒れてるから何事かと思ったぞ」

フラ「ん…あり、がと…っ!?」

上半身を起こしてあたしはハッキリと目が覚めた。

あたしはジュストコールのボタンが全部外されていて下着姿も同然だった。

フラ「わぁーっ!?…いった!」

慌ててはだけていた服で肌を隠すと忘れていた痛みがズキリと痛んだ。

なま「あぁすまん、容態確認する為に脱がしたんだった。ま、それだけ元気があるなら大丈夫だろ」

赤面するあたしにそう言ってなまさんは笑った。

フラ「そう言えば海賊さんは…」

辺りを見回すと二人の海賊さんが倒れていた。

なま「邪魔だったから寝てもらってる」

なまさんはそう言って近くに置いてあった料理を持って戻ってきた。

なま「そんな気分じゃないだろうけどとりあえず口に入れな」

なまさんは鶏のモモ肉を焼いた物を勧めてくれた。

なま「何があったかはしらんけど、最近ちゃんと食べてなさそうだな。行動する前はちゃんと食っとかないとな」

フラ「うん…ありがと」

なまさんもモモ肉を取って口に運ぶ。

フラ「あ、でもこれ別の用事で使う料理じゃ…」

なま「きにすんな、そんなことは」

そう短く言ってなまさんは次の鶏肉に手を伸ばした。

なま「さてと…」

なまさんは鳥の骨を咥えたまま立ち上がると鋼で出来たブーツと手甲をはめてカチャかチャと手首を鳴らした。

フラ「あの…」

なま「奥に行くんだろ?立てるか?」

ズキズキと痛むお腹を押さえながらあたしはなまさんの差し伸べた手を利用して立ち上がる。

なま「走れそうか?」

あたしは無理矢理笑顔を作って一つ頷いた。

それに答える様になまさんも小さく笑う。

なま「んじゃ、遅れない様について来な」

なまさんに続いてあたしは走りだした。

なまさんはとても手や足に甲冑を付けてるとは思えない位足が速くて、あたしはなまさんに追いつくのがやっとだった。

入り組んでいる洞窟をなまさんは迷い無く駆け抜けていった。

途中でこちらに気付いて襲ってきた海賊さんを蹴散らしながら10分程走った時、なまさんがポツリと呟いた。

なま「…おかしい」

フラ「え?」

聞き返すとなまさんはこちらを振り返って言葉を続けた。

なまさん「やけに静かだな…これだけ暴れてればもっと来てもいい筈なんだが、それに今日は奴も居るって話しだし」

フラ「奴?」

なま「ま、いいか。そっちのが好都合だな。ははは」

なまさんが高らかに笑った時。

前で黒い影とギラリと光る物が横切った。

あたしは反射的に叫んでいた。

フラ「なまさん!前っ!」

ドン

となまさんが陰とぶつかる。

フラ「あ…あぁ…」

体中の血と言う血が一気に背中を下りていった。

フラ「なま、さ…」

知らない間に涙が滲んでいた。

なま「んん…残念」

フラ「え?」

なまさんは何事も無かった様に右手の拳を引くと一気に相手の顔面へとめりこませた。

陰は声を上げる事すら出来ずその場に崩れ落ちた。

なま「ほれ、いくぞ」

フラ「え?あ、うん…あの、怪我は…?」

なま「んー、サーベルなら手で受け止めたぞ?あんなんじゃ死なん」

はははっと笑うなまさんを他所にあたしは激しく損をした気分になった。

それと同時に不思議な安心感に包まれていた。

なまさんは何も聞かずにあたしに手を貸してくれた。

そして、今もあたしの想像も付かない様なスピードと強さであたしを導いてくれてる。

なまさんが一緒なら直ぐにでも辿り着けそうだった。

バレンティーナさんの元へ

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